雨降って”自”かたまる話
今回は、心理士がフワーッと思いついたことを語ります。
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雨…といえば、
「雨降って地固まる」
このことわざは有名ですね。
これは、
“何らかの揉め事やトラブルが起こった後、
かえって良い結果になったり安定したりすること”
を言います。
例えば、
“方向性の違いから大喧嘩になりバンド解散危機。
でも、初めて各々の想いをぶつけ合い分かち合い、
その後はむしろいい曲が作れるようになったなんて、
まさに「雨降って地固まる」だね。”
という使い方をします。
“もめたからこそ、良い今があるよね”という感じですね。
今回私が語るのは、上記のような正しい使い方の話とは少し違います。
“雨が降ってこそ【自(自分・自我・自己)】が固まるのではないか”
という、ちょっと言葉遊びのような話です。
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ところで、皆さんは傘を持たずに出かけ、
大雨に降られてしまったことはありますか?
このような経験をすると、
外出前には天気予報を確認するようになったり、
折り畳み傘をいつも鞄に入れるようになったりと、
反省を活かした備えをするようになることでしょう。
(時には本当に予想外の豪雨が来ますが・・・!)
つまり、
失敗をしてこそ学びが次の成功につながる(=失敗は成功のもと)
と言えます。
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傘を持たずに出かけ雨に降られてしまった経験のない方は、
もしかすると、
いつも誰かがあらかじめ傘を渡してくれていた可能性があります。
あらかじめ傘を渡してくれる誰かがいるなら、
天気予報なんて気にする必要がなくて、とても助かりますね。
でも、
もしその誰かが体調不良だったら?
もしその誰かが傘を渡し忘れたら?
・・・あなたは、一人だけ濡れてしまったり、
傘を渡し忘れた相手を責め立てたりしてしまうかもしれません。
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ここでの“雨”は、失敗や挫折、トラブルなどの例えです。
ほとんど失敗や挫折を経験したことのないまま大人になると、
ほんの小雨でも大災害に思えたり、
傘を渡してくれなかった周りの人に強い怒りを覚えたり・・・
心の不調や人間関係トラブルに発展しかねません。
雨に降られてしまう経験(失敗)をするからこそ、
・自分で傘を持とうという意識ができる
・この程度の雨なら傘はいらない、このレベルは要避難、など自分で判断できる
・雨に濡れたらまず何をすべきか経験上わかるようになる
・天気予報チェックが日課になる
など、
“自分で考え、自分で行動し、自分で管理し、自分で責任を持つ”
ことができるようになります。
このようにして、
雨降って【自(自分・自我・自己)】が固まるのではないかと思うのです。
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あらかじめ傘を渡そうと行動するのは、
多くの場合が“親”ですが、他にも“上司”も該当する場合があります。
“教育する・育成する”という立場だと、
大事に思うがゆえに どうしても
「降られる前の傘」(=転ばぬ先の杖)を渡したくなるものでしょう。
確かに、命の危険や法律違反、明らかに人を傷つける行為などは、
事が起きる前に全力で制止すべきです。
ただしこれは、傘や杖という例えでは収まらないくらいの、
ほとんど強制的な緊急避難指示に該当するレベルです。
では、緊急避難指示が突然出るかと言えばそうではなく、
“自分で出来る身の安全確保を始めてね”という初期のレベルから
段階的に緊迫した警報が更新されていきます。
つまり、集中豪雨や異常気象においてでさえも、
まずは“自分で情報を得て自分で考え自分で行動する”ことが必要なのです。
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親にとって我が子の挫折はつらい・・・
上司にとって部下の失態は大損害・・・
確かにそうなのですが、
親の指示・上司の命令のみで行動していると、
本人が全く育ちません。
それに、成果が出ても出なくても
「親/上司に言われた通りやったに過ぎない」
「別に、私が自分で考えたわけじゃない」
という思いがつきまとってしまいます。
そうして、
・自信がつかない
・責任感が身につかない
・自己判断ができない
・自分らしさなんて分からない
という事態を招きかねません。
逆に考えると、
小さな失敗は許容して
「やってごらん」と見守っていくことで、
本人には自信がつき、自分の言動に責任を持つ
つまり
雨降って【自(自分・自我・自己)】が固まる
のではないでしょうか。
それでこそ信頼関係ができ、
親や上司を、
頼りになる存在
自分の味方になって一緒に悩んでくれる存在
私のことを尊重しながら応援してくれている存在
と思えるようにもなるのではないでしょうか。
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ではでは、雨ふって”自”かたまる話は、このへんで。
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